
『帰郷? そして、再会。』
2006/05/22
井川弘宜
久しぶりに乗り込む銀色の車体。
なぜか行き先表示を見ただけで、胃が痛くなる感じが…。
5月19日。とある会議のため出張に向かった先は、
"アナウンサー井川弘宜"としての故郷、山形県。
平成元年にアナウンサーとしてのキャリアをスタートさせてもらったのが、
山形市にある山形テレビなのです。
そこに4年間在籍して、yab開局にあわせて生まれ故郷の山口に。
だから…13年ぶりの里帰りとなりました。

緊張とほろ苦さと照れくささとが交差したような微妙な感慨で見慣れた局舎に入ると、
懐かしい顔があちらこちらで迎えてくれました。
ちゃんと覚えていてくれたのね、みなさん。もちろん僕も忘れてませんよ!
会議が終わって後に駐車場でうろうろしていると、
抱きついてくる奴やら、窓から大きな声で僕の名前を呼んでくれる人たちやら。
久しぶりの再会!みなさんの笑顔!
今思い出しても恥ずかしいほどわがまま勝手に振舞っていた当時の自分。
そんな人間が勝手に飛び出して、かと思えば久しぶりにふらっと現れて。
にも関わらず温かく迎え入れていただいて、感激です!!
もう1つの再会は、大好きだった山形のそば。
ここ数年でかなり有名になってきましたが、山形は蕎麦処なのです。
これまた久しぶりに連絡したにも関わらず快く運転手をしてくれた友人の車で、
当時よく行っていたお蕎麦屋さんや、友人お勧めの白鷹町の隠れ蕎麦屋に。
それにしても、ホントに美味い、山形の蕎麦は!思わずハシゴしました。

新緑を背景に、田植えの終わった田んぼの風景。しかも朝日連峰の頂にはまだ雪が残り、
山形市内から遠くに望める月山はまだまだ全体が雪化粧。
新鮮に目に映る風景も、考えれてみればここで4年間暮らしたんだなぁ…と感慨ひとしお。
そして、本当にお世話になった我が師匠や先輩ともおいしくお酒が飲めました。
第2の故郷でわずか2日間の滞在。
でも、なにか大きな収穫というか、力を与えてもらった気がします。
山形のみなさま。無事に山口に帰りました。またお会いしましょう!
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